朝比奈親徳
略伝
今川氏親・義元の今川家2代に仕え、今川家の三河支配に関与した。
配役
| 山口馬木也(47) | 麒麟がくる(2020・NHK) |
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今川氏親・義元の今川家2代に仕え、今川家の三河支配に関与した。
| 山口馬木也(47) | 麒麟がくる(2020・NHK) |
朝比奈親徳の子。
今川義元・氏真の今川家2代に仕えていたが、1568(永禄11)年の武田信玄の駿河侵攻に際してこれに内応。以後、武田家に仕え、1582(天正10)年3月の武田家滅亡に殉じた。
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幕府長崎奉行などを務めた朝比奈昌寿の子。
幕府に出仕し、将軍徳川家慶・家定付小姓などを務める。
1862(文久2)年に家督を相続し、1864(元治元)年、長崎奉行に就任。1865(慶応元)年には外国奉行を兼帯し、翌年には勘定奉行に転じるが、1867(慶応3)年3月に再び外国奉行に任ぜられる。同年8月には江戸町奉行を兼ね、1868(明治元)年1月に再び勘定奉行となるが、幕府の崩壊により、ほどなくして免職された。
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美濃郡上藩家老朝比奈藤兵衛の子。
1868(明治元)年、郡上藩が幕府救援のために密かに編成した凌霜隊の隊長となり、新政府軍と交戦する会津藩の救援に向かうが、同年9月の会津藩降伏後に捕縛され、郡上藩に送られて投獄される。
1870(明治3)年に赦免され、後に父藤兵衛の実家椋原家の養子となって滋賀県議会議員などを務めた。
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朝比奈泰知の子。
今川氏真に仕え、その没落後も氏真のもとにとどまる。1575(天正3)年の長篠の戦いの際、氏真の使者として徳川家康のもとに参陣し、内藤修理を討ち取る活躍を見せる。
その後は家康に仕え、後に家康の十男頼宣付となって和歌山に移った。
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朝比奈泰能の子。
今川義元・氏真の今川家2代に仕えてその信任が厚かったという。
1568(永禄11)年の武田信玄の駿河侵攻で氏真が本拠駿府を追われると、居城遠江掛川城にこれを庇護し、攻め寄せた徳川家康と交戦。その落城後も引き続き氏真に仕えた。
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今川家家臣で遠江掛川城主を務めた朝比奈泰熙の子。
1512(永正9)年、父泰熙の死により家督を相続。掛川城主を務めて遠江の支配を担当し、三河の攻略にも奔走した。
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和田義盛の三男。
剛の者として知られ、1213(建暦3)年5月に父義盛が鎌倉に挙兵した際にもめざましい活躍を見せた。
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