中川宇右衛門
生没 1805(文化2)-1865(慶応元)
生地 長門国(萩)?
実父
実母
略伝
- 長州藩(毛利家)に仕え、椋梨藤太とともに俗論派(保守派)として活動する。
- 1863(文久3)年8月18日の政変後、椋梨らとともに藩政を批判したため、隠居命令を受ける。翌年、藩論の転換により藩政に復帰し、俗論派と対立する正義派を駆逐したが、1865(慶応元)年1月、高杉晋作らの挙兵により正義派が勝利すると失脚して監禁され、同年5月、萩で切腹させられた。
配役
中川清秀
生没 1542(天文11)-1583(天正11)
生地 摂津国(福井)
実父 中川重清
実母 中川清村女
別称 中川瀬兵衛
略伝
- 中川重清の子。
- はじめ摂津池田城主池田勝正に属し、上洛した織田信長に従う。
- 池田家の内紛で勝正が追放され池田知正が当主となると一時信長と敵対し、1571(元亀2)年には荒木村重とともに織田方の和田惟政を摂津白井河原の戦いで討ち取り、この戦いで滅んだ茨木重朝の居城だった摂津茨木城主となった。
- その後、信長に従って村重の与力となるが、1578(天正6)年に村重が信長に対して謀叛を起こした際には、はじめ村重に属したものの、ほどなくして信長方に転じた。
- 1582(天正10)年6月の信長横死後は羽柴(豊臣)秀吉に属する。翌年4月の賤ヶ岳の戦いに際しては、近江大岩山砦の守備に就いていたが、佐久間盛政の猛攻に遭って討死した。
配役
| 真弓田一夫(54) |
国盗り物語(1973・NHK) |
| 宍戸 錠(40) |
新書太閤記(1973・NET) |
| 内藤安彦(56) |
春日局(1989・NHK) |
| 高井清史(48) |
国盗り物語(2005・TX) |
| 近江谷太朗(49) |
軍師官兵衛(2014・NHK) |
| 糸永勝利 |
戦国の勝者(2015・映画) |
| すがおゆうじ(46) |
豊臣兄弟!(2026・NHK) |
中川重雄
生没 1910(明治43)-?
生地 愛知県
実父
実母
略伝
- 1932(昭和7)年のロサンゼルスオリンピックに出場し、200m平泳ぎで6位に入賞した。
配役
中川重政
略伝
- 織田信次の孫ともいわれる。
- 織田信長に仕え、近江に所領を与えられたが、隣接する柴田勝家との間に紛争を生じ、1572(元亀3)年)、弟津田盛月が勝家の代官を殺害したことから信長の怒りに触れ、所領を没収された。
- 1582(天正10)年の信長横死後はその次男信雄に仕え、1584(天正12)年の小牧長久手の戦いで尾張犬山城の守備にあたったが、池田勝入斎に攻略された。
配役
中川秀政
生没 1568(永禄11)-1592(文禄元)
生地 摂津国
実母 稍 (熊田資利女)
略伝
- 中川清秀の長男。
- 父清秀が織田信長に従うと、その十女鶴と結婚し女婿として遇される。
- 1583(天正11)年、賤ヶ岳の戦いで父が討死したため家督を継承し、摂津茨木城主(5万石)となる。以後、羽柴(豊臣)秀吉に従って戦功を挙げ、1585(天正13)年、播磨三木城主(13万石)に転じた。
- 1582(文禄元)年の朝鮮出兵で渡海するが、同年10月、京畿道水原で鷹狩りをしていた際に敵兵の襲撃を受けて殺害された。
配役
| 大友至恩 (19) |
豊臣兄弟!(2026・NHK) |
中川光重
生没 ?-1614(慶長19)
生地 尾張国?
実母
略伝
- 中川重政の子。
- 織田信長・信忠に仕えていたが、1582(天正10)年に両者が横死すると、前田利家の次女蕭を妻に迎えていた縁により利家に仕る。1583(天正11)年に利家が加賀尾山(金沢)城主となると、能登七尾城の守備などにあたった。
- のちに利家より蟄居を命じられ、一時豊臣秀吉の御伽衆となるが、やがて利家のもとに帰参。利家の没後はその長男利長に仕え、2万3000石を与えられた。
配役