青山小助
略伝
青山新七の子。
父新七とともに、木下藤吉郎(豊臣秀吉)の美濃墨俣への築城などに協力したという。
配役
| 森田 肇① | 蜂須賀小六 第一篇 長江半之丞の巻(1929・日活) |
| 森田 肇② | 蜂須賀小六 第二篇 坂田小平次の巻(1929・日活) |
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青山新七の子。
父新七とともに、木下藤吉郎(豊臣秀吉)の美濃墨俣への築城などに協力したという。
| 森田 肇① | 蜂須賀小六 第一篇 長江半之丞の巻(1929・日活) |
| 森田 肇② | 蜂須賀小六 第二篇 坂田小平次の巻(1929・日活) |
美濃・尾張国境の川並衆の一人で、蜂須賀小六らと行動をともにしていたものと思われ、木下藤吉郎(豊臣秀吉)の美濃墨俣への築城などに協力したという。
| 原聖四郎(32) | 太閤記 藤吉郎出世飛躍の巻(1936・新興) 役名は青山新介 |
| 滝 恵一(35) | 太閤記(1965・NHK) |
| 町田真一(37) | 秀吉(1996・NHK) |
青山忠俊の長男宗俊の三男。
1683(天和3)年に兄の遠江浜松藩主忠雄の養子となり、1685(貞享2)年、忠雄の死により家督を相続し、浜松藩主となる。
1702(元禄15)年に丹波亀山に移され、1722(享保7)年に隠居した。
| 帆之亟(44) | 水戸黄門(第38部)(2008・TBS) |
青山忠成の次男。
幼時より徳川秀忠に仕え、1607(慶長12)年、秀忠の次男竹千代(家光)の傅役に抜擢され、1615(元和元)年には老職(老中)となる。1620(元和6)年には武蔵岩槻城主(5万5000石)となった。
しかし、1623(元和9)年、家光の勘気に触れて老職を免じられた上、上総大多喜2万石に減転封となり、1625(寛永2)年には改易される。1632(寛永9)年の秀忠没後、家光により再出仕を要請されたが、これを固辞したという。
| 児島武彦(46) | 天下の伊賀越(1934・太秦) |
| 南 光明(60) | 荒木又右衛門(1955・松竹) |
| 志村 喬①(53) | 江戸っ子祭(1958・大映) |
| 三島雅夫(56) | 天下の御意見番(1962・東映) |
| 志村 喬②(66) | 春の坂道(1971・NHK) |
| 岡田英次(53) | 大久保彦左衛門(1973・KTV) |
| 金子信雄(52) | 徳川三国志(1975・NET) |
| 中村錦司(60) | 江戸っ子祭 太助・家光・彦左(1981・CX) 役名はないが役柄設定から青山と判断 |
| 山本 清(50) | 大奥(1983・KTV) |
| 野村信次(45) | 春日局(1989・NHK) |
| 石倉三郎(54) | 葵 徳川三代(2000・NHK) |
| 柴田善行(37) | 大奥 第一章(2004・CX) |
幕府老中などを務めた青山忠裕の四男。
1835(天保6)年の父忠裕の隠居により家督を相続し、丹波篠山藩主となる。
その後、寺社奉行、大坂城代を務め、1844(弘化元)年には老中に就任。しかし、老中首座阿部正弘との折り合いが悪かったらしく、1848(嘉永元)年には老中職を辞した。
| 戸浦六宏(49) | 江戸を斬る IV(1979・TBS) |
| 鈴木 智(55) | 名奉行遠山の金さん(第2部)(1989・ANB) |
| 小林勝也(47) | 翔ぶが如く(1990・NHK) |
徳川家の家臣青山忠門の子。
幼時より徳川家康に仕え、1585(天正13)年には家康の三男秀忠の傳役に任じられる。
1590(天正18)年の家康の関東入りに際しては江戸町奉行に任ぜられ、後に関東総奉行となる。1606(慶長11)年には内藤清成とともに家康の勘気を被り、職を解かれて蟄居命令を受けたが、ほどなくして赦免された。
| 斎藤 真(57) | 葵 徳川三代(2000・NHK) |
丹波篠山藩主青山忠高の三男。
1785(天明5)年、兄の篠山藩主忠講の急養子となって家督を相続し、篠山藩主となる。
1793(寛政5)年に幕府寺社奉行に就任した後、若年寄、大坂城代、京都所司代と順調に出世を遂げ、1804(文化元)年に老中となる。1835(天保6)年に願いにより辞職するまで32年の長期間にわたって在職した。
| 南原宏治(49) | 隠し目付参上(1976・MBS) |
| 芦田伸介(65) | 松平右近事件帳(1982・NTV) |
| 中丸新将(47) | 夢暦長崎奉行(1996・NHK) |
| 西沢利明(75) | 隠密八百八町(2011・NHK) |
青山忠成の四男。青山忠俊の弟。
徳川家に仕え、1602(慶長7)年に下総で500石を与えられる(後に父忠成の遺領1500石を相続)。
1614(慶長19)年からの大坂の陣で活躍し、1619(元和5)年には1万石の加増で大名の列に加わる。1623(元和9)年には外祖父天方通興の旧領3000石、1633(寛永10)年にはさらに1万石の加増を受けて遠江掛川城主(2万6000石)となるが、1635(寛永12)年にさらに加増の上、摂津尼崎城主(5万石)に転じた。
| 林 孝一(40) | 人生の四季(噂始末)(1962・NTV) |
| 浜田寅彦(64) | 大奥(1983・KTV) |
| 中西勇太 | 徳川剣豪伝 それからの武蔵(1996・TX) |
摂津尼崎藩の世嗣青山幸実の長男。
病弱だった父幸実が廃嫡されたため、1680(延宝8)年に祖父幸利の養子となり、1684(貞享元)年、幸利の死により家督を相続し、尼崎藩主となる。
1686(貞享3)年に幕府奏者番となり、1699(元禄12)年には寺社奉行を兼ね、1702(元禄15)年まで同職を務めた。
| 武 周暢 | 水戸黄門(第8部)(1977・TBS) 役名は青山公 |
| 西園寺章雄(53) | 水戸黄門(第28部)(2000・TBS) |
織田信秀に仕え、その嫡男信長が信秀から尾張那古野城を譲られた際に信長付の家老となったが、1547(天文16)9月の美濃攻めの際に討死したという。
| 永田光男(46) | 敵は本能寺にあり(1960・松竹) |
| 三田国夫(52) | 太閤記(1965・NHK) |
| 沖恂一郎(53) | 徳川家康(1983・NHK) |
| 児玉謙次(60) | 信長(1992・NHK) |
| 出水 憲(56) | 織田信長(1994・TX) 登場は波多野兄弟討伐後 |
| 森下哲夫(60) | 国盗り物語(2005・TX) |