河野一郎
こうの・いちろう

【生没】1898(明治31)−1965(昭和40)
【生地】神奈川県
【実父】河野治平
【実母】河野タミ
【略伝】
 早稲田大卒業後、朝日新聞に入社。その後、犬養毅内閣の農相山本悌二郎の秘書官を経て、1932(昭和7)年に衆議院議員に当選する(所属は立憲政友会)。
 戦後は、鳩山一郎らとともに日本自由党を結成し、その幹事長を務めるが、1946(昭和21)年に鳩山に続いて自身も公職追放処分を受ける。1951(昭和26)年の処分解除後は自由党に復帰し、鳩山政権の樹立に奔走。鳩山と対立する首相吉田茂(自由党総裁)を激しく非難するなどしたため、翌年、自由党を除名される(ほどなくして復党)。
 1953(昭和28)年、鳩山らとともに自由党から分党し、翌年、鳩山を党首として日本民主党を結成。同年の鳩山内閣の成立に当たっては、農相として入閣し、鳩山とともにソ連との国交回復交渉にも当たった。
 その後も、経済企画庁長官、建設相、副総理・東京五輪担当国務相、自由民主党総務会長などを歴任し、自由民主党の総裁候補にも挙げられるようになるが、1965(昭和40)年7月に急逝した。
 なお、学生時代には陸上の長距離選手で、箱根駅伝でも優勝経験がある。
【配役】
梅宮辰夫(45) …… 小説吉田学校(1983・東宝)
金田龍之介(76) …… 新幹線をつくった男たち(2004・TX)
大下ヒロト(21)→桐谷健太(39)…… いだてん 東京オリムピック噺(2019・NHK)

河野顕三
こうの・けんぞう

【生没】1838(天保9)−1862(文久2)
【生地】下野国
【実父】甲田意伯
【実母】絹(河野伊右衛門女)
【略伝】医師の子に生まれ、自らも医術を学ぶ。次第に尊王攘夷思想に傾斜し、1862(文久2)年1月、同志とともに、公武合体を推進する幕府老中安藤信正を江戸城坂下門外に襲撃したが、討ち取られた。
【配役】
金井進二(34) …… 天皇の世紀(1971・ABC)
福山翔大(27) …… 青天を衝け(2021・NHK)

河野主一郎
こうの・しゅいちろう

【生没】1846(弘化3)−1922(大正11)
【生地】薩摩国
【実父】河野助右衛門
【実母】
【略伝】
 1868(明治元)年からの戊辰戦争では、東北地方にまで転戦。1871(明治4)年の西郷隆盛の率兵上京に従い、陸軍大尉となるが、1873(明治6)年に西郷が征韓論に敗れて下野すると、これに従って故郷鹿児島に戻り、私学校の設立・運営に関与した。
 1877(明治10)年の西南戦争では、薩軍五番大隊第一小隊長として出陣。敗戦を重ねて西郷とともに鹿児島へ戻って城山に立て籠もっていたが、政府軍の城山総攻撃を前にして使者として政府軍の陣中へ赴き、そのまま捕縛される。その後、懲役10年の判決を受けて服役するが、1881(明治14)年に恩赦により釈放。その後、日本水産会社社長、青森県知事、霧島神宮宮司などを務めた。
【配役】
小林竜一 …… 田原坂(1987・NTV)
冨家規政(48) …… 半次郎 HANJIRO(2010・映画)

河野道円
こうの・どうえん

【生没】?−1666(寛文6)
【生地】
【実父】
【実母】
【略伝】
 仙台藩の御殿医。
 主君伊達綱宗亀千代丸(綱村)の側近くにあったが、1666(寛文6)年、不行跡により処刑された。亀千代丸の毒殺未遂事件に関与したためともいう。
【配役】
下条正巳(55) …… 樅ノ木は残った(1970・NHK)
北村光生(58) …… 天下の副将軍 水戸光圀 徳川御三家の激闘(1992・TX) 役名は大場道円

河野敏鎌
こうの・とがま

【生没】1844(弘化元)−1895(明治28)
【生地】土佐国
【実父】河野通好
【実母】
【別称】河野万寿弥
【略伝】
 1861(文久元)年、武市半平太の結成した土佐勤王党に加盟し、尊王攘夷派として活動したが、1863(文久3)年に藩論が転換され、武市らが失脚すると、捕縛されて投獄される。
 維新後にようやく赦免され、新政府に出仕して弾正台に勤め、1874(明治7)年の佐賀の乱、1877(明治10)年の西南戦争ではその軍事裁判の審理に当たる。その後、文部卿などを務めるが、1881(明治14)年の政変で大隈重信とともに下野。翌年には大隈とともに立憲改進党の結党に関与したが、1884(明治17)年に解党をめぐって党内に意見の対立を生じ、大隈とともに離党。その後、第一次松方正義内閣で内相を務めるなどした。
【配役】
曽我廼家一二三(35) …… 竜馬がゆく(1968・NHK)
森川公也(44) …… 明治の群像(大久保利通)(1976・NHK)
藤田宗久(31) …… 獅子の時代(1980・NHK)
内田直哉(37) …… 翔ぶが如く(1990・NHK)

河野 寿
こうの・ひさし

【生没】1907(明治40)−1936(昭和11)
【生地】長崎県
【実父】河野左金太
【実母】
【略伝】
 後の海軍少将河野左金太の子。父左金太の任地長崎佐世保に生まれ、後に父に随って熊本へ移り、済々黌から、熊本陸軍幼年学校、陸軍士官学校を経て陸軍に入る。
 その後、所沢飛行学校に入り、航空兵大尉となるが、陸軍省軍務局長永田鉄山の暗殺を計画するなど次第に行動を過激化させ、同志とともに決起を画策。1936(昭和11)年2月26日、神奈川湯河原の旅館に牧野伸顕を襲撃するも失敗に終わり、自らも重傷を負い、入院中の熱海で割腹自殺した。
【配役】
村山京司 …… 叛乱(1954・新東宝)
北川達也 …… 銃殺(1964・映画) 役名は天野大尉
伊藤哲哉(31) …… 山河燃ゆ(1984・NHK)
本木雅弘(24) …… 226(1989・松竹)

河野広中
こうの・ひろなか

【生没】1849(嘉永2)−1923(大正12)
【生地】陸奥国
【実父】河野広可
【実母】リヨ
【略伝】
 陸奥三春藩秋田家に仕え、1868(明治元)年からの戊辰戦争では、同志と図って三春藩を新政府に帰順させ、旧幕府方の会津藩攻撃に加わる。
 維新後は故郷で区長などを務めていたが、1878(明治11)年に辞職。その後、自由民権運動に身を投じて1881(明治14)年の自由党結成に加わり、翌1882(明治15)年には、自由党員によるいわゆる福島事件への関与を疑われて投獄された。
 1889(明治22)年2月の大日本帝国憲法の発布に伴う恩赦で釈放される。翌年の第1回衆議院議員総選挙で当選し、1903(明治36)年には衆議院議長に就任。1905(明治38)年には、ロシアとのポーツマス条約締結による講和に反対し、東京日比谷公園で開催された国民大会の議長を務めたが、集会が暴動化したため(日比谷焼打事件)、罪に問われて当局により逮捕された(後に無罪が確定)。
 その後、政界に復帰し、1915(大正4)年には第二次大隈重信内閣に農商務相として入閣した。
【配役】
大久保正信(54) …… 明治の群像(陸奥宗光)(1976・NHK)
小倉 馨(44) …… 春の波涛(1985・NHK)

河野通有
こうの・みちあり

【生没】1250(建長元)−1311(応長元)
【生地】伊予国?
【実父】河野通継
【実母】井門長義女
【略伝】
 鎌倉幕府の御家人。
 1281(弘安4)年、元軍が日本に再び来襲した際、伊予の御家人らを率いてこれと交戦。石塁を背にして陣を張り奮戦し、「河野の後築地」と後世に語り継がれた。
【配役】
阪東妻三郎(43) …… かくて神風は吹く(1944・大映)
島田竜三(27) …… 日蓮と蒙古大襲来(1958・大映)
奈佐健臣(42) …… 北条時宗(2001・NHK)

河野通忠
こうの・みちただ

【生没】1268(文永5)−?
【生地】伊予国?
【実父】河野通有
【実母】
【略伝】
 河野通有の子。
 1281(弘安4)年、元軍が日本に再び来襲した際、父通有とともに、石塁を背にして陣を張り、奮戦した。
【配役】
片山明彦(18) …… かくて神風は吹く(1944・大映)

河野通時
こうの・みちとき

【生没】?−1281(弘安4)
【生地】伊予国?
【実父】河野通久
【実母】
【略伝】
 河野通有の伯父。
 河野家の嫡男であったが、父通久との間に紛争を生じて廃嫡され、その不当性を幕府に訴え出る(家督を相続した甥の通有と後に和解)。
 1281(弘安4)年、元軍が日本に再び来襲した際、通有とともに出陣してこれと戦い、討死したという。
【配役】
荒木 忍(53) …… かくて神風は吹く(1944・大映)

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