王 士禎
略伝
1606(慶長11)年、明の琉球王尚寧への冊封使(副使)として正使夏子陽とともに琉球へ渡った。
配役
| 郭 良(37) | 琉球の風 DRAGON SPIRIT(1993・NHK) |
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1606(慶長11)年、明の琉球王尚寧への冊封使(副使)として正使夏子陽とともに琉球へ渡った。
| 郭 良(37) | 琉球の風 DRAGON SPIRIT(1993・NHK) |
江戸吉原の妓楼扇屋の主人。
墨河を称し、狂歌師としても知られた。
| 山路和弘(71) | べらぼう 蔦重栄華乃夢噺(2025・NHK) |
武田信玄の長女。
1554年(天文23年)、武田・今川・北条の三家による三国同盟が成立した際、北条氏政に嫁ぎ、氏政との間に氏直らをもうける。
しかし、1568(永禄11)年、父信玄が同盟を破棄して駿河(今川領)へ侵攻すると、氏政が今川氏真の義兄にあたる関係から、武田家との同盟も破綻。強制的に離縁させられ、甲斐へ送り返された。
| 林 寛子(27) | おんな風林火山(1986・TBS) 役名は波瑠姫 |
| 岡本 舞(25) 畑仲美和(12) 安藤明子 |
武田信玄(1988・NHK) 役名は於梅 |
| 福田麻由子(13) 杉浦舞美(9) |
風林火山(2007・NHK) 役名は梅 |
儒者下坂篁斎の子。
薬種商武田家の養子となる。公家醍醐家に仕えて板倉筑前介を称し、坂本龍馬ら尊王攘夷派の志士を支援する。
明治維新後は新政府に出仕したが、短期間で辞し、以後は淡海槐堂と号し、文人として余生を過ごした。
なお、龍馬が京都近江屋で暗殺された1867(慶応3)年11月15日は龍馬の誕生日であり、祝いとして贈った自筆の掛軸「梅椿図」が床の間に掛けられていた。この掛軸は、龍馬の血痕が付着したまま現存している。
| 舟田 走(47) | 新選組!(2004・NHK) |
| 山本禎順①(41) | 龍馬 最後の30日(2017・NHK) |
| 山本禎順②(41) | 龍馬の遺言(2017・NHK) |
醤油商を営む初代近江屋新助の子。
近江屋井口家は代々土佐藩の御用達を務めていた関係から、ら尊王攘夷派の志士たちを好意的に受け入れており、1867(慶応3)年11月には、近江屋の2階にいた坂本龍馬と中岡慎太郎が刺客に襲撃され、暗殺された。
翌1868(明治元)年1月の鳥羽伏見の戦いでは、薩摩・土佐など新政府軍のため傷病兵の救護に奔走するなどした。
| 大仲半次郎 | 海援隊快挙(1933・朝日) |
| 岡 泰正 | 六人の暗殺者(1955・日活) |
| 田村錦人(46) | 勝海舟(1974・NHK) |
| 天坊 準 | 竜馬暗殺(1974・映画) |
| 東根作寿英(38) | 龍馬伝(2010・NHK) |
今川家家臣岡部貞綱の子。
今川家家臣で、徳川家康が今川家の人質となっていた際にその世話をしたという川村重忠に嫁ぐ。1568(永禄11)年の今川家没落後は、夫重忠とともに北条家、次いで穴山梅雪に仕えた。
重忠の没後、1579(天正7)年に誕生した徳川秀忠の乳母として家康に召し出される。後に江戸城大奥の取締りを任され、強大な権力を有した。
| 草笛光子(57) | 女帝春日局(1990・東映) |
| 草村礼子(60) | 葵 徳川三代(2000・NHK) |
| 加賀まりこ(68) | 江 姫たちの戦国(2011・NHK) |
農業を営む大浦勘次の三男。
東京高等師範学校(現・筑波大)在学中の1920(大正9)年、アントワープオリンピックの陸上競技(5000メートル、1万メートル)に出場。また、同年に行われた第1回箱根駅伝では、優勝した東京高師のアンカー(5区)を務め、区間賞を獲得した。
東京高師卒業後は、満州などで教鞭を執り、戦後は、高松女子商高の校長を務めた。
| 高橋龍駒(23) | いだてん 東京オリムピック噺(2019・NHK) |
伊達家家臣大条実頼の子。
仙台藩(伊達家)に仕え、1658(万治元)年、伊達綱宗の家督相続と同時に奉行(家老)に就任する。
1660(万治3)年、綱宗が幕府から隠居を命じられ、亀千代(綱村)が藩主となると、これを補佐する体制の一翼を担う。しかし、藩内での権力争いが激化する中、1662(寛文2)年に奉行職を辞した。
| 内田朝雄(50) | 樅ノ木は残った(1970・NHK) |
石田三成に仕える。
島津家領内の検地で総奉行を務めた。
| 太田雅之(50) | 関ヶ原(2017・東宝) |
1019(寛仁3)年、海賊(刀伊)が九州北部を襲撃した際、藤原隆家らとともにこれを撃退した。
| 金児憲史(46) | 光る君へ(2024・NHK) |
算術に長けていたことから徳川家康に抜擢され、三河で代官を務める。
1574(天正2)年、徳川家と対立していた武田家へ内通し、家康への謀叛を画策するが、同志山田八蔵の自白により計画が露見し、処刑された。
| 小池朝雄(29) | 念志ヶ原の妻(1960・NTV) |
| 長谷川哲夫(26) | 徳川家康(1964・NET) |
| 石橋蓮司(42) | 戦国うらばなし 長勝院の萩(1983・ABC) |
| 寺泉哲章(36) | 徳川家康(1983・NHK) |
| 萩原流行(39) | 徳川家康 戦国最後の勝利者(1992・ANB) |
| 立川三貴(45) | 織田信長(1994・TX) |
| 毎熊克哉(36) | どうする家康(2023・NHK) 役名は大岡弥四郎 |
大賀弥四郎に嫁ぐ。
1574(天正2)年、夫弥四郎の武田家への内通が発覚した際に処刑されたという。
| 左 時枝(36) | 徳川家康(1983・NHK) 役名はお粂 |
京都で口入れ屋として成功し、一大勢力を築く。
京都守護職を務める会津藩御用達となり、藩邸の雑務を行う中間や人足を大量に供給。その功績により、藩主松平容保から「大沢」の苗字と帯刀を許された。
明治維新後、新島襄と出会ってキリスト教に感化され、後に洗礼を受けた。
| 松林清三郎(30) | 会津の小鉄(1930・河合) |
| 若山富三郎(52) | 炎のごとく(1981・東映) |
| 松方弘樹(71) | 八重の桜(2013・NHK) |
英国海軍に入り、アヘン戦争などに従軍。1862(文久2)年、東インド・シナ艦隊司令長官に就任し、横浜に着任する。
1863(文久3)年、前年の来日当日に発生した生麦事件の賠償と犯人処罰を求めて、艦隊を率いて鹿児島湾へ侵攻(薩英戦争)。翌1864(元治元)年には、長州藩による外国船砲撃への報復として結成された、英・仏・蘭・米の四国連合艦隊の総司令官となり、連合艦隊を率いて下関を攻撃し、長州藩を降伏させた。
帰国後はその功績によりバス勲章(GCB)を授与され、1872(明治5)年には海軍大将(提督)となった。
| テオドール・ペテルーシ | 天皇の世紀(1971・ABC) |
| ジョー・ダン | 花神(1977・NHK) |
堀尾吉晴の妻。
| 三原じゅん子(42) | 功名が辻(2006・NHK) 役名はいと |
医師大川周賢の子。
東京帝大でインド哲学を専攻する。卒業後は南満州鉄道(満鉄)に入社し、1929(昭和4)年には満鉄から東亜経済調査局を財団法人として独立させ、理事長に就任。北一輝らとともに国家改造運動に身を投じ、政治結社「猶存社」「行地社」などを結成して軍部の中堅将校らと結びつき、1931(昭和6)年の三月事件、十月事件といったクーデター未遂事件に関与、さらに1932(昭和7)年の五・一五事件では、青年将校らに拳銃や資金を提供した罪で検挙され、禁錮5年の実刑判決を受けた。
戦後、日本の侵略戦争を思想的に指導したとして、極東国際軍事裁判(東京裁判)で軍人や政治家以外で唯一の民間人としてA級戦犯に指名される。しかし、法廷でパジャマ姿で座り続けたり、ドイツ語で叫ぶ、前に座る東条英機の頭を叩くなどの奇行を繰り返し、精神鑑定の結果、梅毒性脳炎による精神障害と診断されて免訴となり、病院に入院させられた。
入院中、以前から取り組んでいたイスラム教の聖典コーランの全訳を完成させ、退院後は、神奈川で農村復興運動に取り組んだ。
| 丹波哲郎(36) | 重臣と青年将校 陸海軍流血史(1958・映画) |
| 北沢 彪(48) | 大東亜戦争と国際裁判(1959・新東宝) |
| 笹川恵三(71) | 日本の戦後(審判の日)(1977・NHK) |
| 庄司永建(61) | 山河燃ゆ(1984・NHK) |
| 石橋蓮司(57) | プライド 運命の瞬間(1998・東映) |
| 笑福亭鶴瓶(68) | 二つの祖国(2019・TX) |
1880(明治13)年に仏国外務省に入り、駐清公使、駐ベルギー公使などを歴任した後、1906(明治39)年、駐日大使として来日し、1913(大正2)年まで同職を務める。
在任中は日仏協約の締結などを通じて日本との関係を強化したほか、嘉納治五郎に対して国際オリンピック委員会(IOC)委員への就任を打診するなど、文化・スポーツ面での交流にも貢献した。
| ディディエ | いだてん 東京オリムピック噺(2019・NHK) |
佐賀藩士大木知喬の長男。
藩校弘道館に学び、副島種臣や江藤新平らとともに尊王攘夷運動に身を投じた。
明治維新後、新政府に出仕。江藤とともに、京都から江戸への事実上の首都移転である東京奠都を建白してこれを実現させ、東京府知事となる。1871(明治4)年には文部卿に就任し、「学制」を制定・公布し、日本の近代教育の基礎を築く。
1873(明治6)年に江藤らが下野した後も政府に留まり、江藤の後任として司法卿に就任。神風連の乱や萩の乱など不平士族の反乱の事後処理の指揮を執ったほか、法典編纂にも尽力し、刑法などの制定に関わる。
その後、第一次山県有朋内閣で法相、第一次松方正義内閣では文相、ほかに元老院議長や枢密院議長などの要職を歴任した。
| 山中雄司 | 巨人 大隈重信(1963・大映) |
| 斎藤英雄(39) | 西郷隆盛(1963・NHK) |
| 伊藤正博(44) | 明治の群像(大久保利通)(1976・NHK) |
| 山本 武(62) | 明治の群像(大隈重信)(1976・NHK) |
| 町田幸夫(53) | 翔ぶが如く(1990・NHK) |
| 濱田嘉幸(44) | 西郷どん(2018・NHK) |
樋口惣右衛門の次男。
兄直江兼続とともに上杉景勝に仕える。1582(天正10)年に小国重頼の養子となり、その家督を継承した後、氏を大国と改める。
その後、越後村上城主などを務め、1598(慶長3)年に景勝が会津に移されると陸奥鴫山城代に、1600(慶長5)年の関ヶ原の戦いの後に景勝が出羽米沢に移されると出羽高畠城代に任ぜられたが、1604(慶長9)年、兼続と本多政重との養子縁組に反対して出奔した。
| 小泉孝太郎(31) 馬渕 誉(5) |
天地人(2009・NHK) |
大国実頼の妻。
| 小沢真珠(32) | 天地人(2009・NHK) 役名はお栄 |
大野定長に嫁ぎ、治長、治房、道犬らをもうける。
茶々(淀殿)の乳母を務め、その成人後も側近くに仕える。1598(慶長3)年の豊臣秀吉の没後は、高台院に従って大坂城を去った孝蔵主に代わって豊臣家の奥向きを差配。1614(慶長19)年、京都方広寺の鐘銘問題を機に豊臣家と幕府との関係が悪化すると、饗庭局、正栄尼とともに駿府城で徳川家康と直接面会して交渉にあたった。
1615(元和元)年5月、大坂夏の陣での大坂城落城の際、茶々らとともに自害した。
| 常盤操子(32) | 修羅城(1929・日活) |
| 尾崎静子(39) | 淀君(1930・帝キネ) |
| 浅野八重子 | 怪猫五十三次(1938・新興) |
| 日高ゆりえ(50) | わが恋せし淀君(1961・NTV) |
| 小夜福子(57) | 真田幸村(1966・TBS) |
| 香川桂子(47) 磯野千鳥(41) |
大坂城の女(1970・KTV) |
| 日高澄子(48) | 春の坂道(1971・NHK) |
| 上月左知子(49) | 真田幸村の謀略(1979・東映) |
| 初井言栄(51) | 風神の門(1980・NHK) |
| 斎藤美和(54) | おんな太閤記(1981・NHK) |
| 賀原夏子(60) | 関ヶ原(1981・TBS) |
| 園佳也子(53) | 戦国の女たち(1982・CX) |
| 東郷晴子(63) | 女たちの大坂城(1983・YTV) |
| 柳川慶子(47) | 徳川家康(1983・NHK) |
| 高田敏江(50) | 真田太平記(1985・NHK) |
| 馬渕晴子①(53) | 春日局(1989・NHK) |
| 鮎川十糸子(67) | 風雲!真田幸村(1989・TX) |
| 三上櫻子 | 姫将軍大あばれ(1995・TX) |
| 浅利香津代(53) | 司馬遼太郎の功名が辻(1997・ANB) |
| 宮下順子(49) | 家康が最も恐れた男 真田幸村(1998・TX) |
| 馬渕晴子②(64) | 葵 徳川三代(2000・NHK) |
| 山村美智(50) | 功名が辻(2006・NHK) |
| 高島礼子(43) | 茶々 天涯の貴妃(2007・東映) |
| 左 時枝(61) | 徳川家康と三人の女(2008・EX) |
| 池上季実子(50) | 寧々 おんな太閤記(2009・TX) |
| 伊佐山ひろ子(59) | 江 姫たちの戦国(2011・NHK) |
| 瀬戸カトリーヌ(37) | 清須会議(2013・東宝) 役名は小袖 |
| ひろみどり(65) | 影武者徳川家康(2014・TX) |
| 峯村リエ(52) | 真田丸(2016・NHK) |
| 大竹しのぶ(66) | どうする家康(2023・NHK) |
もとは一橋家に仕える女中であったという。
後に江戸城大奥に出仕し、10代将軍徳川家治、11代将軍徳川家斉の時代に大奥御年寄を務めた。
| 浅野ゆう子①(56) | 大奥 第一部 最凶の女(2016・CX) |
| 浅野ゆう子②(56) | 大奥 第二部 悲劇の姉妹(2016・CX) |
| 映美くらら(46) | べらぼう 蔦重栄華乃夢噺(2025・NHK) |
越後来伝の庄屋の子。
外山寅太らとともに河井継之助の薫陶を受け、その側近くに仕える。
1868(明治元)年の新政府軍との北越戦争では継之助に付き従って出陣。長岡城攻防戦の際に一時新政府軍に捕縛されたが、寅太によって救出される。その後、重傷を負った継之助を伴い、会津領まで退却。継之助の臨終を看取った後、故郷へ戻ったという。
| 田島俊弥(26) | 河井継之助 駆け抜けた蒼龍(2005・NTV) |
吉川家に仕える。
吉川興経の家督相続後、興経の寵愛を受け、家中で絶大な権力を振るったため、1547(天文16)年、吉川家から正室を迎えていた毛利元就の後ろ盾を受け、その専横に反発する吉川経世や森脇祐有らによって殺害された。その後、興経は隠居させられ、元就の次男元春が吉川家の当主に迎えられることとなった。
| エド山口(49) | 毛利元就(1997・NHK) |
早稲田大学卒業後、日本社会党に入り、1953(昭和28)年の衆議院議員総選挙で初当選する。
党内では左派に属し、党中央執行委員などを歴任するが、後に江田三郎のグループに参加。1977(昭和52)年の江田の急死後に離党して社会市民連合に加わり、その後結成された社会民主連合(社民連)の副代表に就任するが、1979(昭和54)年の総選挙で落選して、政界を引退した。
| 吉増裕士(50) | いだてん 東京オリムピック噺(2019・NHK) |
権大納言などを務めた清閑寺熙房の子。
宮中に出仕していたが、1689(元禄2)年に江戸へ下向。同じく京都から招かれていた右衛門佐の手引きにより江戸城大奥に入って上臈御年寄を務め(この間の経緯には諸説ある)、後に5代将軍徳川綱吉の側室となる。
綱吉との間には子はなく、1709(宝永6)年、綱吉が没すると落飾して寿光院を称した。
| 三浦布美子(27) | 大奥(1968・KTV) |
| 松平純子(23) | 元禄太平記(1975・NHK) |
| 平 淑恵(29) | 大奥(1983・KTV) |
| 床嶋佳子(31) | 八代将軍吉宗(1995・NHK) |
| 平沢 草(26) | 元禄繚乱(1999・NHK) |
| 中山 忍(32) | 大奥 華の乱(2005・CX) |
| 桐山 漣(27) | 大奥 永遠 右衛門佐・綱吉篇(2012・松竹) |
| 一色洋平(32) | 大奥(2023・NHK) |
豊臣秀吉に料理人として仕え、その子秀頼の代には台所頭を務める。
1614(慶長19)年からの大坂の陣では徳川方への内通を疑われていたところ、夏の陣最中の翌年5月7日、大坂城に火をかけて退去したという。
| 蓑和田良太(43) | 大坂城の女(1970・KTV) 役名は大隅与五右衛門 |
| 樋浦 勉(73) | 真田丸(2016・NHK) |
水戸藩士黒沢勝正の子。
黒沢忠三郎の弟。叔父大関増賀の養子となる。
水戸徳川家に仕え、馬廻などを務めるが、1858(安政5)年からの幕府大老井伊直弼による尊王攘夷派の弾圧(安政の大獄)や、水戸藩隠居徳川斉昭への永蟄居命令などに憤激し、脱藩して井伊の暗殺計画に加担する。
1860(万延元)年3月3日、江戸城桜田門外にて井伊の行列を襲撃して、その殺害に成功(桜田門外の変)。その後、他の同志らとともに熊本藩邸(細川家)へ自訴して捕縛され、翌1861(文久元)年7月、幕府の命により斬首された。
| 結城重三郎(25) | 身変り紋三(1932・映画) |
| 鶴田浩二(29) | 花の生涯(1953・映画) |
| 黒川弥太郎(45) | 身代り紋三(1955・映画) |
| 森塚 敏(37) | 花の生涯(1963・NHK) |
| 西村正樹(23) | 花の生涯(1988・TX) |
| 松本寛也(24) | 桜田門外ノ変(2010・東映) |
熊本藩士飯田熊助の次男(あるいは三男)。
大野家の養子となる(後に離縁し、太田黒伊勢守の女婿に)。熊本藩の国学者林桜園に師事し、その尊王攘夷思想と神道に傾倒。明治維新後、欧米化を進める新政府に反発して、同志とともに政治結社「敬神党」(神風連)を結成し、その首領となる。
1876(明治9)年に廃刀令が発布されるとこれに憤激し、同年10月24日、約170名の同志を率いて熊本鎮台などを襲撃。県令安岡良亮や鎮台司令長官種田政明らを殺害するが、鎮台兵の反撃に遭って潰滅し、自らも銃撃を受けて重傷を負い、義弟の介錯により自害した(神風連の乱)。
| 菅井一郎(27) | 神風連(1934・新興) |
| 南部章三(47) | 最後の攘夷党(1945・映画) |
室町幕府で御供衆などを務めた大館持房の子。
8代将軍足利義政の側室となり、1490(延徳2)年の義政没後は剃髪して陽西院を称した。
| 鶴田真由(24) | 花の乱(1994・NHK) 後に蛍火と名を変えて山城国一揆に加わる |
佐脇良之に嫁ぐ。
1572(元亀3)年の良之没後は茶々(淀殿)の乳母となり、さらに良之の甥にあたる前田利常の子利次(後の富山藩主)の養育にあたったという。
| 羽田美智子(34) | 利家とまつ 加賀百万石物語(2002・NHK) |
安倍宗任に仕える。
宗任の腹心として1051(永承6)年からの前九年の役では活躍したが、1062(康平5)年の役の終結とともに捕縛された。
| 藤堂新二(38) | 炎立つ(1993・NHK) |
医師大鳥直輔の子。
岡山藩の閑谷学校に学び、1852(嘉永5)年には大坂に出て緒方洪庵の適塾に、その後、江戸に移って坪井為春(大木忠益)の私塾で学問を修める。
語学や兵学の才を買われて1858(安政5)年に摂津尼崎藩(桜井松平家)に召し抱えられる。1866(慶応2)年には幕府旗本に取り立てられ、歩兵頭などを経て、1868(明治元)年2月には歩兵奉行に任ぜられるなど、異例の出世を遂げた。
その後の幕府崩壊に際し、新政府への徹底抗戦を唱えて江戸を脱出。会津、仙台などを経て、箱館に逃れ、五稜郭に拠って榎本武揚らともに新政府軍に抵抗するが、翌年5月に降伏し、東京で投獄された。
1872(明治5)年に赦免され、新政府に出仕。開拓使や陸軍省などに勤めた後、1889(明治22)年に駐清公使となり、1893(明治26)年には朝鮮公使を兼任。1894(明治27)年に朝鮮で東学党の乱(甲午農民戦争)が起こると、朝鮮政府に対し朝鮮国内に駐留する清国兵の撤退や内政改革の実行を迫り、こうした強硬措置が日清戦争開戦の契機となった。
同年10月に公使の任を解かれ、11月には枢密顧問官に転じた。
| 坪井 哲(28) | 糸の乱れ(1925・マキノ) | ||||||||
| 尾上紋十郎(38) | 不敵の名花(1926・帝キネ) | ||||||||
| 大沢健司 | 江戸最後の日(1941・日活) | ||||||||
| 寺島 貢(39) | 火砲の響(1943・映画) | ||||||||
| 吉田義夫(43) | 新選組鬼隊長(1954・東映) | ||||||||
| 丹波哲郎(36) | 天皇・皇后と日清戦争(1958・新東宝) | ||||||||
| 木島新一 | 新選組血風録(1965・NET) | ||||||||
| 須永 宏(41) | 五稜の星(1966・NHK) | ||||||||
| 土方 弘(40) | 三姉妹(1967・NHK) | ||||||||
| 長谷川明男(29) | 燃えよ剣(1970・NET) | ||||||||
| 鳳 啓助(50) | とことんやれ大奮戦(1973・NTV) | ||||||||
| 浦田賢一(36) | 幕末青春グラフィティ 福沢諭吉(1985・TBS) | ||||||||
| 伊吹 剛(39) | 五稜郭(1988・NTV) | ||||||||
| 長森雅人(40) | またも辞めたか亭主殿 幕末の名奉行・小栗上野介(2003・NHK) | ||||||||
| 吹越 満(41) | 新選組!!土方歳三最期の一日(2006・NHK) | ||||||||
| 菊池隆則(52) | さくら、さくら サムライ化学者高峰譲吉の生涯(2010・映画) | ||||||||