三浦按針
みうら・あんじん

【生没】1564(永禄7)−1620(元和6)
【生地】イギリス(イングランド)
【実父】
【実母】
【別称】ウィリアム・アダムス
【略伝】
 少年時代を造船所の徒弟として過ごし、その後、海軍軍人を経て、水先案内人となる。
 1598(慶長3)年、オランダ東洋探検隊の水先案内としてオランダ・ロッテルダムを出港したが、1600(慶長5)年、船の難破により豊後臼杵に漂着。ヤン・ヨーステンとともに徳川家康の引見を受け、その後、家康の外交顧問となり、相模三浦郡に知行を与えられて三浦按針を称し、肥前平戸におけるイギリス商館の開館に尽力する。
 しかし、1613(慶長18)年に平戸に入港したイギリス軍司令官ジョン・セーリスとの折り合いが悪く、後に按針にイギリスへの帰国が許された際もセーリスと同じ船で航海することになったために帰国を断念し、日本に土着。その後は平戸イギリス商館長リチャード・コックスとともに貿易振興を図り、1620(元和6)年5月、平戸に没した。
【配役】
アイベック・アパナイ …… ジャン・有馬の襲撃(1959・大映)
ダン・ケニー(47) …… 徳川家康(1983・NHK)
リチャード・バーガー(30) …… 琉球の風(1993・NHK)
テレンス・オブライエン …… 葵 徳川三代(2000・NHK)
スティーブ・ワイリー …… 信長協奏曲(2016・東宝)
村雨辰剛(35) …… どうする家康(2023・NHK)

三浦喜太夫
みうら・きだゆう

【生没】
【生地】
【実父】
【実母】
【略伝】
 大谷吉継の家臣。
 1600(慶長5)年9月の関ヶ原の戦いでは小早川秀秋らの寝返りにより総崩れとなった陣で最後まで踏みとどまり、吉継が切腹した際にはその首を持ち去り、埋葬したという(湯浅五助が埋葬したとも)。
【配役】
浅野雅博(28) …… 葵 徳川三代(2000・NHK)

三浦梧楼
みうら・ごろう

【生没】1846(弘化3)−1926(大正15)
【生地】長門国
【実父】五十部吉平
【実母】
【略伝】
 長州藩士の子に生まれ、藩校明倫館に学ぶ。高杉晋作の奇兵隊に入り、1866(慶応2)年の第二次長州征伐で幕府方と戦い、1868(明治元)年からの戊辰戦争では、北越まで転戦した。
 維新後は兵部省に入り、東京鎮台司令官などを務め、広島鎮台司令官時代の1876(明治9)年には故郷山口萩で勃発した不平士族の反乱(萩の乱)の鎮定に当たり、翌年の西南戦争でも第三旅団司令官として出征。しかし、長州出身でありながら藩閥政治に否定的な姿勢を見せたため、陸軍の巨頭で同郷の先達山県有朋らと相容れず、1886(明治19)年、熊本鎮台司令官への就任を拒否して免職処分を受け、陸軍を離れた。
 1890(明治23)年、帝国議会の開設とともに貴族院議員となる。1895(明治28)年には駐韓公使となり、日清戦争により混乱を深める朝鮮に赴任。朝鮮政府内における日本の影響力回復を企図し、朝鮮王妃閔妃殺害に関与したとして一時拘束され、解任される(後に無罪確定)。その後は枢密顧問官などを務め、藩閥政治に対抗する政党勢力の結集を周旋するなど、政党政治確立のために奔走した。
【配役】
小林勝也(76) …… いだてん 東京オリムピック噺(2019・NHK)

三浦七兵衛
みうら・しちべえ

【生没】1820(文政3)−1897(明治30)
【生地】
【実父】岡見直往
【実母】
【別称】三浦吉信
【略伝】
 若狭小浜藩士。
 三浦義達の養子となる。小浜藩(酒井家)に仕え、藩主酒井忠義の信任厚く、京都所司代となった忠義の命を受け、将軍徳川家茂への皇女皇宮の降嫁実現などに奔走した。
【配役】
真船道朗 …… 天皇の世紀(1971・ABC)
大坂志郎(61) …… 和宮様御留(1981・CX)

三浦十左衛門
みうら・じゅうざえもん
【生没】?−1856(安政3)
【生地】
【実父】
【実母】
【別称】三浦安庸
【略伝】
 近江彦根藩士。
 彦根藩(井伊家)に仕え、勘定奉行などを務める。1847(弘化4)年、藩主井伊直亮に専制的傾向がみられることを危惧し、世子直弼に対し、6か条にわたる諫言を記した文書を提出。これにより直弼の信頼を得たという。
 1851(嘉永4)年、直弼の彦根藩主就任後ほどなくして側役に抜擢。以後、直弼の側近くに仕え、1856(安政3)年、在職のまま没した。
【配役】
浮田左武郎(54) …… 花の生涯(1963・NHK)

三浦胤義
みうら・たねよし

【生没】?−1221(承久3)
【生地】相模国?
【家系】三浦氏
【実父】三浦義澄
【実母】伊東祐親女
【別称】三浦平九郎
【略伝】
 三浦義村の弟。
 1213(建保元)年、いとこ和田義盛が、対立する執権北条義時に対し挙兵を企図した際には、義盛への加勢を拒む兄義村と激しく対立したが、義村の説得に応じて義時方に加わる。
 1218(建保6)年には後鳥羽上皇より検非違使に任ぜられて上洛し、1221(承久3)年5月、院方が幕府に対して挙兵するとこれに加わり、鎌倉にあった兄義村に院方への加勢を求めるが失敗。西上する幕府勢を美濃などで迎え撃ったが敗戦を重ね、翌6月、京都で自害した。
【配役】
柴 俊夫(32) …… 草燃える(1979・NHK)
岸田タツヤ(30) …… 鎌倉殿の13人(2022・NHK)

三浦為隆
みうら・ためたか

【生没】1659(万治2)−1732(享保17)
【生地】
【実父】三浦為時
【実母】小笠原清政女
【略伝】
 紀州藩(徳川家)の家老。
 1676(延宝4)年、父為時の死により家督を相続し、翌年には紀州藩家老に就任。徳川光貞から宗直まで5代の藩主に仕える。
 1716(享保元)年に吉宗が幕府8代将軍に就任した際には、その補佐役として江戸城入りを望まれるが、これを固辞し、引き続き紀州藩政に携わった。
【配役】
竜 雷太(55) …… 八代将軍吉宗(1995・NHK)

三浦八郎左衛門
みうら・はちろうざえもん

【生没】
【生地】
【実父】
【実母】
【略伝】
 上杉能憲の家臣。
 1351(正平6・観応2)年、能憲の命により摂津武庫川で高師直を殺害した。
【配役】
小池雄介(47) …… 太平記(1991・NHK)

三浦備後守
みうら・びんごのかみ

【生没】)−1562(永禄5)?
【生地】
【実父】
【実母】
【別称】三浦正俊
【略伝】
 今川家の家臣。
 今川義元氏真の今川家2代に仕えて各地を転戦。1562(永禄5)年、織田・徳川方へ寝返った飯尾連龍の拠る遠江曳馬城攻撃の際に討死したという。
【配役】
加賀邦男(46) …… 風雲児織田信長(1959・東映)
石黒達也(53) …… ホラ吹き太閤記(1964・東宝)
関根大学(32) …… 織田信長(1989・TBS)

三浦北庵
みうら・ほくあん

【生没】1803(享和3)−1874(明治7)
【生地】近江国
【実父】
【実母】
【別称】三浦太冲、三浦尚之
【略伝】
 医師。
 1841(天保12)年、伊吹山麓の自邸に長野義言(主膳)の訪問を受けてこれを逗留させ、義言より国学を学んでその門人となる。その後、近江彦根藩(井伊家)に仕え、書や茶の道に通じていたことから、藩主井伊直弼もしばしば北庵邸を訪問したという。
【配役】
大友富右衛門 …… 花の生涯(1953・映画)
下条正巳(48) …… 花の生涯(1963・NHK)
袋 正(42) …… 花の生涯(1974・NTV)
内田 稔(61) …… 花の生涯(1988・TX)

三浦正次
みうら・まさつぐ

【生没】1599(慶長4)−1641(寛永18)
【生地】三河国
【実父】三浦正重
【実母】土井利昌女
【別称】三浦志摩守
【略伝】
 六人衆の一。
 1607(慶長12)年より竹千代(徳川家光)に仕え、1621(元和7)年には加増により1万石となって大名に列する。
 1633(寛永10)年、松平信綱らとともに六人衆(後の若年寄)に任ぜられて幕政に加わり、1639(寛永16)年には下野壬生2万5000石へ加増転封となった。
【配役】
秋元羊介(27) …… 春の坂道(1971・NHK)
遠藤太津朗(50) …… 柳生一族の陰謀(1978・KTV)
白井滋郎(37) …… 風雲江戸城 怒涛の将軍徳川家光(1987・TX)
山崎有右(22) …… 春日局(1989・NHK)
朝良晃三(43) …… 大奥 誕生 有功・家光篇(2012・TBS)

三浦光村
みうら・みつむら

【生没】1205(元久2)−1247(宝治元)
【生地】相模国?
【家系】三浦氏
【実父】三浦義村
【実母】土肥遠平女
【別称】駒若
【略伝】
 鎌倉幕府の評定衆。
 三浦義村の四男。はじめ鎌倉鶴岡八幡宮に入り、将軍源頼家の子で後に将軍実朝を暗殺した公暁に弟子入りしていたという。
 後に将軍九条頼経に近侍し、1244(寛元2)年より幕府評定衆を務めたが、1246(寛元4)年の執権経時の没後、頼経らを中心とした幕府転覆計画に加担。翌年6月、突如として執権北条時頼の外戚安達景盛による攻撃を受け、これに時頼も加担したため、兄泰村ほか一族郎党とともに自害して果てた。
【配役】
京本政樹(20) …… 草燃える(1979・NHK)
遠藤憲一(40) …… 北条時宗(2001・NHK)
込江大牙(13) …… 鎌倉殿の13人(2022・NHK)

三浦泰村
みうら・やすむら

【生没】1204(元久元)?−1247(宝治元)
【生地】
【家系】三浦氏
【実父】三浦義村
【実母】土肥遠平女?
【略伝】
 鎌倉幕府の評定衆。
 三浦義村の次男。1221(承久3)年の承久の乱では、父義村とともに幕府方に属して活躍。後に執権北条泰時の娘を妻に迎え、1238(暦仁元)年には幕府評定衆となって幕政の中枢を担う。
 1246(寛元4)年、執権経時の没後に露見した北条(名越)光時らによる幕府転覆計画への関与を疑われ、翌1247(宝治元)年6月、突如として執権北条時頼の外戚安達景盛による攻撃を受け、これに時頼も加担したため、弟光村ほか一族郎党とともに自害して果てた。
【配役】
津嘉山正種(57) …… 北条時宗(2001・NHK)

三浦弥平
みうら・やへい

【生没】1891(明治24)−1971(昭和46)
【生地】福島県
【実父】
【実母】
【略伝】
 福島の豪農の家に生まれる。
 早稲田大在学中の1920(大正9)年に開催された第1回箱根駅伝に出場し、第5区を走る。この年、アントワープ五輪のマラソン競技にも出場。そのままドイツに滞在してベルリン大学に留学し、1924(大正13)年のパリ五輪にもマラソン代表に選出された。。
 1928(昭和3)年の帰国後は故郷福島に戻り、地元の体育振興に尽力。1942(昭和17)年には満州建国10周年記念で開催された東京・新京間マラソンに出場した。
【配役】
福山康平(21) …… いだてん 東京オリムピック噺(2019・NHK)

三浦義明
みうら・よしあき

【生没】1092(寛治6)−1180(治承4)
【生地】
【家系】三浦氏
【実父】三浦義継
【実母】笠間常宗女
【略伝】
 相模の豪族。
 三浦半島に一大勢力を成していた豪族で、1180(治承4)年8月に源頼朝が平氏に対し挙兵するとこれに応じて出陣。途中、平氏方の畠山重忠の軍勢を敗走させるが、平氏方の反撃にあって本拠衣笠城を包囲される。やがて敗色濃厚を悟って子義澄ら一族を頼朝の下へ向かわせるために城から逃し、自らは敵勢相手に奮戦して討死した。
【配役】
大森義夫(70) …… 草燃える(1979・NHK)
菅田 俊(57) …… 平清盛(2012・NHK)

三浦義鎮
みうら・よししげ

【生没】)−1568(永禄11)
【生地】
【実父】小原鎮実
【実母】
【別称】三浦与次、三浦真明
【略伝】
 今川家の家臣。
 今川氏真にその側近として重用される。1568(永禄11)年に武田勢が駿河に侵攻した際にはこれに抗戦したが、退いた遠江高天神城で城主小笠原長忠の離反に遭い、殺害された。
【配役】
杉 裕之(35) …… 徳川家康(1964・NET)
川崎公明(30) …… 武田信玄(1988・NHK) 役名は三浦与一

三浦義澄
みうら・よしずみ

【生没】1127(大治2)−1200(正治2)
【生地】相模国
【家系】三浦氏
【実父】三浦義明
【実母】秩父重綱女
【略伝】
 鎌倉幕府の御家人。
 妹が源義朝の側室(義平の生母)であったことから、1159(平治元)年の平治の乱では義朝に従って奮戦するが、敗れて東国へ戻る。
 1180(治承4)年8月に源頼朝が平氏に対して挙兵した際には、父義明とともにこれに応じて挙兵。敗れて房総半島に渡った頼朝勢に加わり、以後、頼朝に従って各地を転戦した。
 幕府の成立後も有力御家人として幕政に重きを成し、1199(正治元)年の頼朝没後、その後継頼家の親政から有力御家人13人による合議制に移行するとその一員となったが、翌年に病没した。
【配役】
早川雄三(54) …… 草燃える(1979・NHK)
川浪公次郎(56) …… 源義経(1991・NTV)
小倉 馨(64) …… 義経(2005・NHK)
谷本 一(65) …… 平清盛(2012・NHK)
佐藤B作(73) …… 鎌倉殿の13人(2022・NHK)

三浦義澄の妻
みうら・よしずみのつま

【生没】
【生地】
【実父】伊東祐親
【実母】伊東祐親の妻
【略伝】三浦義澄の妻。
【配役】
南風洋子(49) …… 草燃える(1979・NHK) 役名は三浦伊沙
中尾文子 …… 鎌倉殿の13人(2022・NHK)

三浦義村
みうら・よしむら

【生没】?−1239(延応元)
【生地】
【家系】三浦氏
【実父】三浦義澄
【実母】伊東祐親女
【略伝】
 鎌倉幕府の評定衆。
 1180(治承4)年8月の源頼朝の挙兵以来これに従い、1192(建久3)年の頼朝の征夷大将軍就任も幕政の中心にあって重きをなし、梶原景時の追放などを主導する。
 1213(建保元)年にいとこ和田義盛が対立する執権北条義時に対して挙兵を企図した際には、いったんこれに加わると見せて結局加勢せず、また、1219(承久元)年に妻が乳母を務めた公暁が将軍源実朝を暗殺した際にはこれを殺害して地位を保つなど、一貫して義時方に属し、1221(承久3)年の承久の乱でも後鳥羽上皇方に走った弟胤義を討つ活躍をみせた。
 1224(元仁元)年に義時が急死すると、烏帽子親を務めた義時の五男政村擁立に一時は加担するものの、尼将軍北条政子の説得を受けて翻意。翌年には新たに発足した評定衆に加わり、1232(貞永元)年にはいわゆる御成敗式目の制定に署名するなど執権北条泰時を輔佐した。
【配役】
藤岡 弘(33) …… 草燃える(1979・NHK)
大森啓祠朗(37) …… 炎立つ(1993・NHK)
山本耕史(46) …… 鎌倉殿の13人(2022・NHK)

三浦義村の妻
みうら・よしむらのつま

【生没】
【生地】
【実父】
【実母】
【略伝】三浦義村の妻(義村の妻には土肥遠平の娘などがあった)。
【配役】
摂 佑子(33) …… 草燃える(1979・NHK) 役名は卯女

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