板垣征四郎
いたがき・せいしろう
【生没】1885(明治18)−1948(昭和23)
【生地】岩手県
【実父】板垣征徳
【略伝】
 陸軍士官学校(16期:同期に土肥原賢二・永田鉄山)を卒業後、直ちに日露戦争に従軍し、その後、陸軍大学校(28期:同期に木村兵太郎)を卒業。関東軍高級参謀の任にあった1931(昭和6)年には、石原莞爾らと謀って満州事変を引き起こし、その後の満州での権益拡大を主導する。1938(昭和13)年6月、第一次近衛文麿内閣で陸相に就任し、翌年の陸相退任後は支那派遣軍総参謀長に転任。1941(昭和16)年には陸軍大将に進み、朝鮮軍司令官に就任した。
 1945(昭和20)年4月に第7方面(シンガポール方面)軍司令官となり、同年8月の終戦時にはシンガポールでイギリス軍に身柄を拘束されたが、満州事変の首謀者としてA級戦犯に指名され、東京へ移される。その後の極東国際軍事裁判(東京裁判)では死刑判決を受け、1948(昭和23)年12月、東京巣鴨拘置所で処刑された。
【配役】
中田弘二(32) …… 将軍と参謀と兵(1941・映画)
広瀬恒美(61) …… 大東亜戦争と国際裁判(1959・新東宝)
信夫英一 …… 皇室と戦争とわが民族(1960・新東宝)
藤岡重慶@(37) …… 戦争と人間(1970・日活)
藤岡重慶A(38) …… 戦争と人間 第二部(1971・日活)
藤岡重慶B(40) …… 戦争と人間(完結篇)(1973・日活)
久保 大 …… 日本の戦後(審判の日)(1977・NHK)
遠藤 修 …… プライド 運命の瞬間(1998・東映)
山本昌平(70) …… 南京の真実(2008・映画)
石田太郎(65) …… 落日燃ゆ(2009・EX)

板垣退助
いたがき・たいすけ

【生没】1837(天保8)−1919(大正8)
【生地】土佐国
【実父】乾正成
【実母】林勝重女
【別称】乾退助
【略伝】
 土佐藩山内家に仕えて藩主山内容堂の側用人などを務め、1864(元治元)年には藩大目付(大監察)に任ぜられるが、土佐勤王党など尊王攘夷派に理解を示す姿勢をみせたため、翌年、解任される。1866(慶応2)年には仕置役となって軍制改革を実施したが、なお藩論は公武合体であり、翌年には後藤象二郎らによって大政奉還の建白がなされるに至って、要職から再び外された。
 しかし、討幕の機運が高まると再度起用され、翌1868(明治元)年からの戊辰戦争では、東山道先鋒総督府参謀となって土佐藩兵を率い、甲府城占領や会津攻略などを指揮(このころ、乾姓から本姓と称する板垣に戻している)。維新後は新政府に出仕し、参議など要職を歴任したが、1873(明治6)年の征韓論争に敗れて西郷隆盛らとともに下野する。翌年には愛国公党を設立し、国会開設を求める「民選議院設立建白書」を政府に提出するなど、いわゆる自由民権運動の先頭に立った。
 1881(明治14)年、国会開設が決定すると、自由党を結成。活動の過激化により1884(明治17)年に解散したが、1890(明治23)年の帝国議会開設に際して再結成(立憲自由党)。直後の第1回衆議院議員総選挙で衆議院第一党となり、以後藩閥政府とことごとく対立したが、1896(明治29)年には第二次伊藤博文内閣に内相として入閣し、次の第二次松方正義内閣でも留任する。
 1898(明治31)年には、大隈重信率いる進歩党と合流して憲政党を結成し、同年の第一次大隈内閣に内相(副総理格)として再入閣(隈板内閣)。1900(明治33)年に伊藤の主導により立憲政友会が成立し、憲政党がこれに合流すると政界を引退した。
 なお、1882(明治15)年には、岐阜での遊説中に相原尚ぶみに襲われ負傷し、このとき「板垣死すとも自由は死せず」との言を残したというが、これは創作であるという。
【配役】
鈴木傳明(27) …… 白虎隊(1927・映画)
瀬川銀潮(33) …… 維新の京洛(1928・日活)
坂東好太郎(22) …… 初陣(1933・松竹)
阪東扇太郎 …… 大村益次郎(1942・新興)
羅門光三郎(44) …… 暁の鼓笛隊(1945・大映)
杉山昌三九(48) …… 花の白虎隊(1954・大映)
里見浩太郎(23) …… 幕末美少年録 会津の決死隊(1959・映画)
南 利明(35) …… 写真師三木乗兵衛伝(1959・CX)
伊藤久哉(37) …… 青年(あかつき)(1961・NHK)
津田駿二 …… 巨人 大隈重信(1963・大映)
中村栄二(56) …… 西郷隆盛(1963・NHK)
藤田 進(51) …… 白虎(1963・NTV)
多田幸男(28) …… 幕末(1964・TBS)
田崎 潤(51) …… 風雪(民権の旗)(1964・NHK)
武内 亨(37) …… 風雪(明治22年2月11日)(1964・NHK)
丹波哲郎@(42) …… 柔(1964・YTV)
阿木五郎(37) …… 新選組血風録(1965・NET)
丹波哲郎A(43) …… 続柔(1965・NTV)
根上 淳(43) …… 明治天皇(第1部)(1966・YTV)
有川 博(28) …… 竜馬がゆく(1968・NHK)
中村竹弥(52) …… 大風呂敷(1970・NHK)
丹波哲郎B(50) …… 柔(1972・NTV)
木村博人 …… 吶喊(1975・映画)
勝部演之(38) …… 明治の群像(大久保利通)(1976・NHK)
浜田光夫(34) …… 命もいらず名もいらず 西郷隆盛伝(1977・TBS)
村野武範(35) …… 獅子の時代(1980・NHK)
倉田保昭(36) …… 幕末青春グラフィティ 坂本竜馬(1982・NTV)
佐藤仁哉(30) …… 竜馬がゆく(1982・TX)
米倉斉加年(51) …… 春の波涛(1985・NHK)
あおい輝彦(38) …… 白虎隊(1986・NTV)
船戸 順(49) …… 田原坂(1987・NTV)
丹波哲郎C(67) …… 大風呂敷 後藤新平(1989・TX)
谷口高史(29) …… 坂本龍馬(1989・TBS)
斉藤洋介(39) …… 翔ぶが如く(1990・NHK)
葛西和雄(50) …… 草の乱(2004・映画)
田村 勤(31) …… 竜馬がゆく(2004・TX)
片岡鶴太郎(53) …… 白虎隊(2007・EX)
加藤雅也(50) …… 八重の桜(2013・NHK)
杉谷むね男 …… 質実剛健 生きざま(2017・mable=山陰ケーブルビジョン)
渋川清彦(44) …… 西郷どん(2018・NHK)

板垣信方
いたがき・のぶかた

【生没】?−1548(天文17)
【実父】板垣信泰
【別称】板垣駿河守、板垣信形
【略伝】
 武田家の家臣。
 武田信虎の代には既に武田家の重臣となっていたようで、『甲陽軍鑑』によれば信虎によりその嫡男晴信の傅役に任ぜられていたという。
 1541(天文10)年の晴信による信虎追放時にはこれを主導。晴信の家督相続後は、甘利虎泰とともに家中の最高職「両職」に任ぜられ、翌年の諏訪家滅亡後は信濃諏訪郡代となった。
 以後も晴信に従って信濃平定戦に活躍するが、1548(天文17)年2月、村上勢との上田原の戦いで討死した。
【配役】
大友柳太朗(57) …… 天と地と(1969・NHK)
3中村翫右衛門(68) …… 風林火山(1969・東宝)
菅原文太(55) …… 武田信玄(1988・NHK)
若林 豪(52) …… 武田信玄(1991・TBS)
夏八木勲@(53) …… 風林火山(1992・NTV)
夏八木勲A(67) …… 風林火山(2006・EX)
千葉真一(68) …… 風林火山(2007・NHK)

板垣与三次
いたがき・よさじ

【生没】
【生地】
【実父】板垣与右衛門?
【実母】
【別称】板垣休右衛門?
【略伝】
 薩摩の商人。
 薩摩水引村の豪商で、1847(弘化4)年、困窮する西郷吉之助父子の訪問を受けて借金を依頼され、これを快諾した(維新後に全額返済を受けている)
【配役】
岡本富士太(72) …… 西郷どん(2018・NHK)

大河ドラマ+時代劇 登場人物配役事典
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